「日本のゼナ!」と、CMでも同じみの「ゼナ」。
・ブラジル原産の強壮生薬ムイラプアマなど計11種の生薬(原生薬として計4075mg相当)とタウリン、ビタミンを配合。肉体疲労・かぜなどの発熱性消耗性疾患・食欲不振時などの栄養補給に優れた効果を発揮する栄養ドリンク「ゼナF-?」。
コンビニなどで手軽に買えるものでは、「ゼナFO-I」 、砂漠に自生する強壮生薬のニクジュヨウやブラジル原産の強壮生薬ムイラプアマをはじめ、計7種の生薬(原産薬として計1920mg)とタウリン、ビタミンを配合したミニドリンク剤。風邪で発熱した時用や、仕事が忙しく滋養強壮用にと、用途にとっても種類豊富なところも魅力である。

古典的な「ひる」に「終わりの日」と名作ぞろいだが、個人的なベストはゼナ・ヘンダースンの「なんでも箱」。子供の「ときめき」を描かせたら右にでる者がいない著者の代表作だが、日本ではこの作品を収録した短編集が絶版になり、今ではこのアンソロジーでしか読むことができない。
他にもこのアンソロジーでしか読めない作品が収録されおり貴重な一冊。
一冊にこれだけ豪華なラインアップは本当にお買い得。
一押しは,スタージョンの「たとえ世界を失っても」。題材が同性愛ということで当時としての先駆性が話題に上る作品らしいが,そんなことよりも,巧みなストーリー展開と秘められた心の繊細な動きを見事に描き出した傑作である。
フレデリック・ポールの「幻影の街」もお勧め。読み始めのうすっぺらい広告にまみれた雰囲気が途中から一変する。6月15日が繰り返されるのはなぜかが明らかになったとき,街の安っぽさのわけもわかるシニカルな作品である。
シニカルといえば,コーンブルースの「真夜中の祭壇」。宇宙飛行により身体中に気味の悪い赤筋の入った若い男とわたしのやるせなさとやりきれなさが重く心に響く。
「隣人」は,シマックらしいほのぼのとした田園作品。もちろん,マシスンの「終わりの日」も前半とのコントラストゆえに,極めて美しいラストシーンが感動を呼ぶ傑作である。
リチャード・マシスンの「終わりの日」を初めて読んだのは「SFマガジン 64年9月号」掲載の日本語訳でした。物語展開の衝撃とラスト・シーンの息をのむ美しさとを鮮明に憶えています。<p> 天体異状によって地球最後の日を迎えつつある人類。青年リチャードと仲間たちは「最終日」をセックスとドラッグに溺れながら、絶望に駆られてただひたすらなまでにふしだらに生きようとする。しかし、最後の最後にリチャードが共に時を過ごそうと考えた人物がいた。その人物とは…。<p> マシスンが描き続けたテーマは、自分は一体誰なのか、そしてその自分という手応えを確かに感じるには一体どうしたらよいのか、ということです。換言するならばマシスンは、「生きてある」と思っていた自分がひどく脆く不確かなものであるということを知った時の言い知れぬほどの不安と恐怖を、執拗に我々に突きつけてきました。<p> 「終わりの日」でも、地球の滅亡によって歩んできた人生が無に帰する事態を目前にして、主人公は自暴自棄へと突き進んでしまいます。しかし、自らの人生を否定するのは地球の滅亡ではなくて、投げやりに生きる主人公の決意そのものであることをマシスンは語りかけているのです。ささやかであっても大切に育んできた自らの人生を自らが否定することの醜悪さこそを私たちは一番に恐れるべきなのです。
この作品には、自分が確かに生きていたという実感を与えてくれる「人物」が登場します。同じような人物が読者の隣にもいるかもしれないということ、そしてそのことのありがたさを知らせてくれる物語でもあります。<p> 主人公に自らの名前を与えたことからも、作者が強い思い入れを持ってこの短編にのぞんだことが読み取れます。<p> 手元にある旧訳に比べて本書収録の新訳はより洗練された日本語になっています。この作品を本書に収録する決断をした編者、そして新訳に取り組んだ訳者に拍手を送りたいと思います。
「終わりの日」、これを読むためだけにでもこの本を買っても良いと思います。前半と後半の描写のコントラスト、それがラストシーンの美しさを際だたせています。
また、本書のサブタイトルになっている作品「初めの終わり」は、スペースシャトルの事故の後に読み返してみましたが、最初に読んだときとはまた別の重さを持って迫ってきました。<p>他の作品も良いです。
の「終わりの日」だけでも、この本に星五つあげたい。他の作品も悪くないが・・。